トゥールスレンで命を落としたボパナさんの人生

カンボジアの歴史

当団体のフロントページには、この写真を掲載させていただいております。

トゥールスレン虐殺博物館に行った際には、この方の写真を見つけて、彼女の壮絶な人生に思いをはせてみてください。

この女性は、カンボジア人Phoung Bophana(1952-1977)さんです。

ポル・ポト政権下のカンボジア・トゥールスレン収容所(S21)で命を落とした女性、ボパナさんは、凄惨な時代を愛と強い信念で生き抜き、その悲劇的な最後と遺されたラブレターによって、クメール・ルージュの残虐性と人間の尊厳を伝える象徴的な存在として知られています。

彼女の生涯、経歴、そして収容所での最期についての詳細は以下の通りです。

1. 裕福な出自と政権誕生前の生活

ボパナさんは、カンボジアの北西部バッタンバン州の裕福な家庭に生まれました。

父親は教師であり、彼女自身も文学やフランス語の語学に通じた、当時としては非常に高い教養を持つ知識人女性でした。

激動の時代の中で、従兄であり後に外交官となる男性リット・シータ(Ly Sitha)と出会い、深く愛し合うようになり婚約しました。

2. ポル・ポト政権の誕生と過酷な運命

1975年4月、ポル・ポト率いるクメール・ルージュが首都プノンペンを占領し、過激な原始共産主義体制(民主カンボジア)が始まります。

都市住民はすべて農村へ強制移住させられ、過酷な労働を強いられました。知識人は「反革命分子」として虐殺の対象となったため、彼女は教養があることを必死に隠して生き延びようとしました。

婚約者のシータは政権の不審の目を避けるために地方を転々とし、二人は離れ離れになりました。

3. 「命がけのラブレター」と暗号

互いの生存を確かめ合うため、ボパナさんとシータは危険を冒して秘密裏に手紙(ラブレター)を送り合いました。当時のカンボジアでは、組織(オンカー)に無断で個人が手紙をやり取りすること自体が死罪に値する重罪でした。

彼女は看守や告発者の目を欺くため、手紙の中にインドの叙事詩『ラーマーヤナ』やシェイクスピアの戯曲を引用した「暗号」を散りばめ、シータへの不変の愛を綴り続けました。

4. 逮捕とトゥールスレン(S21)への収容

1976年末、ついに二人の秘密の手紙がクメール・ルージュの地方幹部に発見されてしまいます。文学の教養がない看守たちには暗号の意味が理解できず、逆に「重大なスパイ活動(CIAやベトナムの暗号)」組織の一員であると誤認されました。これにより、ボパナさんと婚約者のシータは「国家反逆罪・スパイ容疑」で逮捕され、最悪の秘密尋問施設であるプノンペンのトゥールスレン刑務所(S21)へと連行されました。

5. 拷問の末の最期

S21に収容されたボパナさんは、凄惨極まる最期を迎えました。

彼女は反革命の自白を強要され、電気ショックや水攻めなどの激しい拷問を受けました。また、若く美しい知識人女性であった彼女は、看守たちから激しい性的暴行(レイプ)を受け、身も心も凄惨に蹂躙されたと記録されています。

度重なる拷問の末、偽りのスパイ容疑を認める「自白書」を書かされた後、1977年前半(20代半ば)に処刑されました。

当時のS21のルールとして、自白を終えた囚人は全員、処刑場(キリング・フィールド)へ送られるか、敷地内で殺害される決まりになっていたためです。

婚約者のシータも同じく命を落としました。

「ボパナ」の名前が持つ意味1979年にポル・ポト政権が崩壊した際、S21の跡地からボパナさんが命をかけて残した数千ページに及ぶ尋問記録と、シータとの間で交わされたラブレターが発見されました。

彼女の毅然とした眼差しの囚人写真と、極限状態でも愛を失わなかった物語は世界中に衝撃を与え、カンボジアの世界的映画監督リティ・パン(Rithy Panh)によって『ボパナ:あるカンボジアの悲劇』というドキュメンタリー映画にもなりました。

*動画は、フランス語で製作されています。

現在、プノンペンには、クメール・ルージュによって破壊されたカンボジアの文化・記憶・映像遺産を保存・復元するための国立のオーディオビジュアルセンター「ボパナ・センター(Bophana Center)」が設立されており、彼女の名前は「失われた記憶と尊厳を取り戻す」ための象徴として今も生き続けています。

ボパナさんの人生に触れて見れば、トゥールスレン虐殺博物館を訪問して「森を見て木を見ず」の状態であることを思い知らされます。

何百万人もの命を落とした人々、それぞれに人生のストーリーがあります。

このことは、私たちに暴力で支配する世界を強く否定する感情を湧き上がらせます。


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