【ポルポトの虐殺の展示】トゥールスレン博物館とキリングフィールド

2020年6月29日

プノンペン中心部にあるトゥールスレン博物館は、虐殺の歴史を現在まで保存してある貴重な史跡です。

正式には、トゥールスレン虐殺犯罪博物館と言います。

元は、高等学校ですが、教室が収容所、監禁場所、そして拷問の場所として使用され、ここで14,000~20,000人の政治犯と疑われた人々が収容されていました。

生きて出られた人は、たったの8名だけでした。

「革命に学は必要なし」と言うポルポト政権の目指す社会思想の元で、多くの知識人がここに連行され、拷問を受けました。

学があると疑わしき人は、すべて有無を言わさずここに収容されたそうです。

例えば、

眼鏡をかけているだけで連行される、手がきれいなだけで連行される、ということがありました。

眼鏡をかけるということは本を読む、だから学がある、知識があるということは革命の障害になるという理屈です。

また、手がきれいだということは、農業従事者ではない。会社員か役人だろうということで疑いをかけられるのです。

そして、ここで、様々なむごい方法で、自白させられるまで、徹底的な拷問を受けたのです。

苦しさのあまり自白したが最後、トラックに乗せられ、郊外のキリングフィールド(チュンエク虐殺センター)に運ばれました。

そこは、生きて戻ることのできない処刑場でした。

それでも、ポルポト配下の兵は、命を奪うことなど伝えずに、田舎の安全な場所に移送すると伝えていたそうです。

ここへ運ばれた人は、助かるかもしれないという希望を持っていたのだと思うと、本当に胸が切なくなります。

彼ら兵士は、何万人の人を殺すのに、銃は使用しませんでした。

銃弾は、高価だからという理由からです。

殺戮に使われたのは、農具や鉄器具でした。穴を自分たちで掘らせ、穴のふちに後ろ手に縛ったまましゃがませ、後ろからうなじのあたりを農具の棒でたたくという殺し方をしていたのです。

女性や子どもは、木の幹のギザギザの部分に喉をこすられ、赤ん坊は両足を持って木の幹にたたきつけて殺されました。

ポルポト撤退後、ここが発見されたとき、あまりの惨状に、目を背けるほどであったと言われています。

ここには、400人もの死体が山のように積まれていたのだそうです。

私も、ここを訪れるたびに、亡くなられた方々に献花をし、祈りを捧げます。

そして、平和への思いを新たにします。

戦争が、どれだけの人に涙を流させるものであるか。
どれだけ、人としての心を荒廃させるものであるのか。

この事実を、皆さんにもぜひ一度見ていただき、そこから人間が人間として生きることの大切さを感じ取っていただければと思います。

そして、自分は何ができるのかと自らに問いかけていただきたいと思っています。


最後まで、お読みいただきありがとうございました。

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