「かわいそう」は支援に必要か

活動レポート
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孤児院の支援に関わっていると、親のいない子どもたちがいるだけに、様々な感情がよぎってきます。

先日は、道端に捨てられていた赤ちゃんが入所してきました。

どんな方でも、孤児院に一歩足を踏み入れば、この子どもたちを見て、確かにかわいそうだと感じることでしょう。

しかし、かわいそうは、同情という感情の部類。

あくまでも、自分の生い立ちと比較してのことだと思います。

「私は、何不自由なく両親から与えられて、ここまで育った。それに比べてこの子たちは・・・。」

というものです。

これは、あくまでも、自分主体のものの受け止め方です。

でも、この子どもたちが同情を欲しているとは、私は思えません。

なぜなら、子どもたちだって、ここでたくましく生きているからです。

クンクメールのトレーニングを積む大きな子どもたち。

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そのために、我々が何ができるのかが問われます。

感情におぼれていても、子どもたちの将来は明るくなりません。

われわれは、そのために孤児院をサポートし続けます。

向かう先は、子どもたち及び孤児院全体の自立。

自分たちの手で、出来るようになるまで共に手を差し伸べながら、寄り添っていく。

そんな、イメージなんです。

外国人のサポートを受けて、大学に通うKimleyさん。

日本人サポーターS氏の支援を受けて職業訓練校に通うChengくん。

共に、自立に向けて、最終段階にきています。

かわいそうでは終わらない支援が、今こそ必要とされています。


最後まで、お読みいただきありがとうございました。

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