カンボジアへの想いは、各自それぞれが思い描いているものがあろうと思います。
カンボジアと聞いて、何をイメージするかが人それぞれ違うのがその証拠です。
別のもので例えてみましょう。
例えば・・・、あなたの目の前にバラの花があるとします。
「美しい」と感じたあなた。
ここで、よく考えてみてください。
実は、バラの花が美しいのではないということに気づきますか。
これ、心の法則で、あなたの心が目の前に映し出されているんです。
つまり・・・、バラの花が美しいのではなく、
あなたの心の中にバラの花が美しいと感じる心があるだけ
なんです。
つまり、人は、無意識のうちに目の前にものに自らの心を投影しているんです。
バラの花だって、モウセンゴケの花だって、植物というカテゴリーに属するもので同じ花の種類なんですね。
もう一つ、こんな中国の民話があります。
隣の町から流れてきた一人の青年が村の入口で老人に尋ねました。
「ここにはどんな人たちが住んでいますか?」
老人は聞き返します。
「君はどんな街に住んでいたのかね。」
青年は答えます。
「私が住んでいた街は、悪い人がたくさんいるひどいところでした。」
すると老人は、こう答えるのです。
「ここも同じようなものじゃよ。」
青年はいぶかしげに老人を見ながら、街に入っていきました。
そして、ほどなく老人が言ったとおりの街であることを悟りました。
しばらくして、別の青年がやって来て、老人に尋ねました。
「ここにはどんな人たちが住んでいますか?」
老人は同じことを尋ねます。
「君はどんな街に住んでいたのかね。」
青年は答えます。
「私がいた街は、やさしくて親切な人が多かったです。とても素晴らしい人々ばかりでした。」
老人の答えは同じでした。
「この街も同じようなものじゃよ。」
青年は老人に丁寧にお辞儀をして、街に入っていきました。
そして間もなく、この老人が言ったとおりの街であることを悟りました。
つまり、心の中にある通りの現実が目の前に映し出されるということをこの老人は教えているのです。
カンボジアへのものの見方も然り。
カンボジアが経済発展が目覚ましいと思っている人は、その通りの現実を見ることになりますし、アジアの中で最貧国だと思っている人は、その通りの現実を目の前に映し出します。
何が正しくて、何が正しくないの議論は無意味です。
どこを見るのかによって、映し出されるものが変わってくるからですね。
部分を捉えるのか、より巨視的な目線で捉えるかによっても違ってきます。
そういえば、ある日本から来た方が、プノンペン市内の景色をカメラに収めていた時のこと。
それが、被写体がとても面白いんです。
この方の心が、これらの被写体を集めていると思えませんか。
それをどう感じて、どのような感情を抱くのかはわかりようがありませんが・・・。
でも、これをジャッジメントする必要は一切ないと思っています。
容姿、学歴、経歴、社会的な地位など目に見えるものをどう感じるかは誰にでもあることですが、私は人の心だけは評価する必要も、される必要もないと考えていますから。
私自身の目には、現在の位置するカンボジアは、近年経済成長が目覚ましいが都会と地方部・農村部との格差が広がり、その根幹的課題が教育格差にあると映っています。
ですから、私は持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の中の教育の機会均等における社会課題解決のために行動を起こしています。
この私のマインドが、シンクロ(同期)するからこそ、カンボジアへの同じ思いを持つ人が私の元へ集まってきます。
そう。
ものごとには、波動があります。
その波動が、インターン活動にご参加いただく方々から溢れ出してきます。
以下に紹介します。
高校生の頃から国際協力に興味を持つようになり、大学でもその勉強をしています。将来は実際に現場で働く人間になりたく、実践できる機会だと思い、インターンに応募しました。
海外子女教育や海外の子どもたちへの教育、世界の貧困問題など、国際教育全般に関心があり、将来は日本人学校や海外の教育機関で働きたいと思っています。このインターンシップが自分にとって貴重な財産になると感じています。
私は現在大学で東南アジアを専攻し学んでいます。その中で急速に経済発展している東南アジアの国々でも生活するのに苦労している人々、満足な教育を受けることができない子供達がいることを学び、どんな小さな事でも私にできる事をして少しでもそのような人々の支援に協力したいと思っていました。他のボランティア活動ではコロナ禍ということもあり本格的な活動が出来ず、オンラインで開催されるものが多いですが、このボランティアは実際に現地に行き活動ができるということで、とても魅力に感じています。また、現在私は大学2年生で自分の将来を考え始めています。しかし具体的にやりたい職業が無く、自分の学んだ東南アジアの知識を活かし、また人の役に立つ仕事につきたいと漠然に考えています。そのため自分が本当にやりたいことを見つけるためにも今回のボランティアに是非参加したいと思っています。
参加理由は2つあります。
一つ目は、海外ボランティアに興味があったからです。私の高校時代の担任の先生は長期休暇を利用して海外ボランティアに参加していました。その先生は授業中によく東南アジアの現地の生活を映した映像を見せてくれました。私は、その映像に映っていた子供達の笑顔がずっと忘れられません。これをきっかけに、大学生になったら絶対にこの笑顔を生で見てみたい、私も彼ら・彼女らの役に立ちたいと強く思うようになりました。
二つ目の理由は、本気で何かに取り組みたいと考えたからです。私は現在大学3年生で就職活動をを控えています。しかし、就職活動の準備を進めるうちに、心の中でこのまま何となく就職活動をして、何となく大学生活を終えたくないと考えるようになりました。そこで出会ったのがこのプログラムです。「若者が安易に参加できる体験的なプログラムとは質が異なる」というメッセージを見て、是非参加したいと強く思いました。このインターンシップを通して、現地の子供達の役に立ち、また視野を広げ、自己成長し、この経験を今後のキャリアに活かしていきたいと考えています。是非参加させていただきたいです。よろしくお願い致します。
・子供の暮らす環境や教育を改善することが貧困、平和構築などその他様々な問題解決においての基礎になると信じているため子供の教育に現場で関われる点に魅力を感じました。
・自分自身が英語を学んだことで読める物、話せる人の幅の広がりや楽しさを実感したので、英語クラスを通して少しでも英語や学校の授業・勉強の楽しさを伝えてみたいと思ったためです。
私は大学の英文学科に通っているので、英語力を活かしたいと思ったのと、大学で国際問題を学んでいく中で自分に出来る事をしたいという気持ちもあり、4年間の大学生活何もせずに終わりたくないという強い気持ちから応募させて頂きました。
それぞれの目に映るカンボジア。
あなたの目には、どのように映し出されていますか。
そこにこそ、あなたの本当の心があることを感じてみてください。
最後まで、お読みいただきありがとうございました。
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今日もあなたに子どもたちの幸せを願っていただきますように、オークン。
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