カンボジアの学校教育は、長年の紛争とポル・ポト政権による甚大な破壊から回復しつつありますが、依然として多くの現代的な課題を抱えています。これらの課題は複雑に絡み合っており、その背景には歴史的、経済的、社会的な要因が存在します。
1. 教育の質と公平性の格差
背景
カンボジアは経済発展が進む一方で、都市部と農村部の経済格差が顕著です。都市部には富裕層が集まり、私立学校や質の高い教育リソースにアクセスできる機会が多い一方、農村部では貧困が深刻で、公立学校の質も低い傾向にあります。
課題
- 都市部と農村部の教育格差の拡大:
- 農村部では、教員の不足と質の低さ、老朽化した校舎、教材の不足、衛生設備の不備などが深刻です。例えば、清潔な水や適切なトイレがない学校も多く、特に女子生徒の就学を妨げる要因にもなっています。
- 教員の質と配置の偏りも大きな問題です。優秀な教員は都市部に集中する傾向があり、農村部では十分な訓練を受けていない教員や、兼業で教育に専念できない教員も少なくありません。
- アクセスと交通手段の課題も、特に遠隔地の農村部で顕著です。学校までの距離が遠く、公共交通機関が未発達なため、子どもたちが学校に通うことが困難な場合があります。
- 基礎学力の低迷:
- 全国的に、特に初等教育段階における識字能力と算数能力の低さが課題です。小学3年生になっても基本的な読み書きができない子どもが少なくないという報告もあります。これは、質の低い授業と、子どもたちが家庭で学習をサポートする環境にないことが原因と考えられます。
- 中途退学率の高さ:
- カンボジアの義務教育は9年間ですが、特に初等教育から中等教育への移行時に多くの子どもが学校を去ります。貧困家庭の子どもたちは、家計を助けるために児童労働に従事せざるを得ないことが主な理由です。また、学校教育の費用(制服、学用品、交通費など)が家計を圧迫することも一因です。
- 特に女子生徒は、若年での結婚や家事の手伝いのために中途退学するケースも散見されます。
2. 教員の専門性と労働環境
背景
ポル・ポト政権下で多くの知識人が殺害された結果、教育者も甚大な被害を受け、**教員養成システムが完全に破壊されました。**その影響は現在も色濃く残っており、質の高い教員を十分に確保できていません。
課題
- 教員の質と能力の不足:
- 教員養成カリキュラムが時代遅れであることや、十分な実践的な指導が行われていないことが、教員の専門性不足につながっています。
- 継続的な専門能力開発(CPD)の機会が限られていることも、教員のスキルアップを妨げています。
- 一部の教員には、十分な給与が得られないために、放課後に生徒に有料で補習を行うことで収入を補うケースがあり、これが授業の質の低下につながるという批判もあります。
- 教員の労働条件とモチベーション:
- 給与水準が低いため、優秀な人材が教職を目指さない、あるいは教職を離れる原因となっています。
- 地方や農村部での勤務を希望する教員が少ないため、特定の地域で教員不足が深刻化しています。
- 教員評価システムの不透明性:
- 教員の評価基準が不明確であったり、評価が適切に行われないことが、教員のモチベーション低下につながる可能性があります。
3. カリキュラムと学習環境
背景
カンボジアの教育システムは、暗記中心の学習に偏っており、現代社会で求められる批判的思考力や問題解決能力を育成する視点が不足しています。
課題
- 時代遅れのカリキュラム:
- 現在のカリキュラムは、実践的なスキルやデジタルリテラシー、起業家精神など、現代の労働市場で求められる能力の育成に十分に対応していません。
- 詰め込み型の教育が主流であり、生徒が主体的に学び、深く考える機会が少ないです。
- ICT教育の遅れとデジタルデバイド:
- 多くの学校、特に農村部では、コンピューターやインターネットへのアクセスが限定的であり、ICT(情報通信技術)教育の導入が遅れています。
- COVID-19パンデミック中の遠隔教育の導入は、このデジタルデバイドを浮き彫りにしました。通信環境が整っていない地域や、デバイスを持たない家庭の子どもたちは、学習機会を大きく損ないました。
- 学習教材と施設の不足:
- 教科書の不足、老朽化した校舎、不十分な学習設備(実験室、図書館など)が、質の高い教育提供を妨げています。
- 特に科学や技術分野の実践的な学習を行うための設備が不足しています。
4. 教育ガバナンスと財政
背景
教育部門への投資は増加しているものの、予算配分の非効率性や腐敗の問題が指摘されることがあります。また、教育行政の意思決定プロセスが不透明であるという批判もあります。
課題
- 財政の制約と効率的な配分:
- 教育予算は増加傾向にありますが、依然として十分とは言えず、特に農村部の教育改善に十分な資金が投入されていない可能性があります。
- 予算が適切に、かつ効率的に使われているかどうかの透明性の確保も重要です。
- 教育行政の能力と説明責任:
- 教育省や地方の教育当局の行政能力の強化が求められています。政策の立案、実施、評価のプロセスにおいて、より透明性と説明責任が求められます。
- 地域レベルでの学校運営委員会の機能強化も課題です。
カンボジアの学校教育におけるこれらの現代的な課題は、国の持続可能な発展と、若者たちの未来を左右する重要な問題です。政府は、国際社会からの支援を受けながら、これらの課題の解決に向けて努力を続けていますが、長期的な視点に立った継続的な投資と改革が不可欠です。